monaho

monahoって、エスペラントで、僧侶の意味なんですって。

君に幸あれ

 ねむい……。

 慶です。

 

 「琴の糸/光芒」にブクマ・評価などなど、様々なリアクションありがとうございます! とてもとても嬉しいです~。

 

 さて、

 今日は一本おはなしをアップしにきました。

 現パロ・「ドント」設定です。全編ギャグなのでキャラ崩壊にご注意! なんでもゆるせる人向けというやつです。

 それでは下のボタンから!

 

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 「うわっ」

 飛天プリンスホテル。ここらでは最大規模のシティホテルで、従業員数・設備の豪華さともに県内ぶっちぎりの有名ホテルだ。高いホスピタリティを誇り、リピーターも多いこのホテルで、若生は初めて――初めて、ホスピタリティの欠片もない従業員の姿を見た。ホスピタリティどころか、やる気、元気、生気もない。彼の周りにどんよりどす黒い空気が漂っているのが見えるようだ。

 若生はすぐには声を掛けず、一旦自分のデスクに向かった。そのあいだも彼から目が離せない。

 ここはホテルの顔ともいえるフロント部門の控え室である。スタッフ専用の通路からドアを開くと、フロント部門スタッフ全員分のデスクが並んでいる。奥に見えるのがフロントへ続く扉だ。そこを開けさえすればお客と直に相対するわけだが、彼があの様子では、間違っても扉を開けっ放しになどできない。

 デスクに荷物を置き、背もたれにコートを掛けて、こっそり隣に声を掛けた。

 「神谷さん、あの、彼は一体」

 「あ、おはようございます。彼って――ああ」

 神谷薫はくるりと振り向いて、それからものすごく困った顔をした。

 「なんだか分からないんですけど、今朝からああなんです。今日は遅番なのに、誰よりも早く来て、ずーっとあんな感じらしくて」

 「えぇ……理由は? 訊きましたか?」

 「まさか」薫は顔の前で手をぶんぶん振った。「訊けませんよ! 無理でしょあれ。話しかけるどころか、近づいたら塵になっちゃいそう」

 「ですよね……」

 若生は一旦薫から視線を外して、それとなく辺りを見回した。控え室には若生と薫の他に5,6人のフロントスタッフ、それと後ろに彼と、彼の後輩の井上阿爛がいるが、全員が見て見ぬ振りをしている。といってもガン無視ではなく、彼の放つどす黒いオーラに負けて、時折ちらちら様子を窺っているようだ。確かに、あれを絶対に気にするなというほうが無理である。それに、あの状態の彼に声を掛けてわけを訊けというのも。……なんだか分からないが、理由くらいは知っておいたほうが、精神衛生に良い気がしてきた。

 「私、行ってきますね」

 取り敢えず薫にこっそりそう宣言し、若生は恐る恐る彼――四乃森蒼紫のもとへ向かった。若生の背中に、色んな人の視線が突き刺さる。

 

 「おはようございます」

 近づくと蒼紫のどす黒オーラは一層深くなった、気がした。心なしか彼の半径1メートルの重力は周りよりも強く、空気も薄い気がする。唾を飲み込み、努めて普段通り、声を掛けてみる。しかし返事がない。

 「四乃森さん?」

 名を呼んでみると、ようやく反応があった。が、いつものような颯爽とした雰囲気はまったくなく、非常にかったるそうに、顔をややこちらに向けるだけであった。首が鉛かなにかでできているのか、と思えるほどのろのろと、である。

 その不気味さに、そばに隠れていた阿爛が「ひぃ」と悲鳴を上げた。できることなら若生も逃げたいが、ここまできて引き返すわけにもいかない。

 「おはようございます」

 「…………若生か…………」

 「はい。……あの、四乃森さん」若生はぐっと腹に力を入れた。「あの、どうかなさったんですか? その……ものすごく、落ち込んでるように見えますけど」

 「………………そう見えるか」

 「すごく。あの、あれです、まるで部下を一気に四人亡くしてしまったみたいな顔されてます」

 「……なんの例えだ」

 「あ、こないだ観た舞台の私の好きなくだりです」

 「そうか……」

 蒼紫はそれ以上深く突っ込んでこなかった。その代わりに、とてもとても深い溜め息を吐いた。そんなに吐いたら、体中の空気が抜けていってしまう。若生の心配も束の間、吐くだけ吐いたら今度はぴたっと固まってしまった。ちゃんと呼吸しているのだろうか。空気が抜けて石にでもなったのか。まさかそんなわけはないと思いつつも、ただならぬ蒼紫の様子に不安になった若生は、隣の椅子を引き寄せて腰掛けた。かくんと項垂れた蒼紫の表情は、前髪で影が差し窺うことができない。こんなに落ち込んだ人間を、若生は初めて見た。

 「あの……本当に、どうなさったんですか? みんな心配しています。私でよければ相談に乗りますよ」

 根が世話好きな男である。そうでなくとも蒼紫は大学時代からの先輩で、ブラックすぎるバイトから助けてもらった恩人でもある。その彼が困っているというのなら、能のくだりではないが、少しでも力になりたい。……それに、職場の雰囲気をぶち壊さないためにも、蒼紫には元に戻ってもらわなくては。

 蒼紫は再び、ぎぎぎ……と音がしそうなほどにゆっくりと、少し顔を上げた。覗き込んでみると、その瞳は虚ろで、深い苦悩の痕が見て取れた。もしかしたらちょっと泣いているかもしれない。だとしたら一大事だ。

 「四乃森さん……」

 辛抱強く、蒼紫の二の句を待つ。地球の反対から衛星中継されているようだ。しばらく、しばらーーーくして、蒼紫が微かに口を開いた。

 「昨日……」

 「はい」ついに来た、と若生の体に緊張が走る。

 「……昨日……、…………出て行けと、言われてな…………」

 「ええ!?」

 つい大きな声が出た。各所から視線が集まる。慌てて周りに「すいません」と頭を下げ、若生は声を潜めて続きを促した。

 「で、出て行けって……。どうして?」

 「…………俺が帰るなり、泣きながら、出て行けと……大嫌いだと…………」

 「大嫌い……」

 思わずリピートしてしまうと、蒼紫は再び深い深い深い溜め息を吐いた。今度こそ蒼紫がしぼんでしまう。今度は蒼紫に「すみません」と謝った。

 いや、思っていたよりも事態は火急らしい。

 蒼紫には奥さんがいる。若生もよく知った人だ。このあいだ子どもも生まれて、夫婦仲は良好なものだと思っていたのだが――いつの間にかとんでもない修羅場になっていたらしい。そのことに驚いたし、夫婦間のデリケートな出来事を聞き出してしまったことが、今になって申し訳なくなってきた。

 「…………こっちに来るなと…………」

 蒼紫は溜め息に混ぜてそう呟くと、またがっくり項垂れてしまった。

 ひええ。今度は若生が戦慄する番だった。昨日、蒼紫が操から言われたことをまとめると、「出て行け」「大嫌い」「こっちに来るな」の3点。ぱっと思いつく悪口ベストテンの常連が揃ってしまった。えげつない。若生が知る操は、罵詈雑言の類いとはほぼ無縁――というか、蒼紫に対してそんな言葉を吐くような女性ではなかった。しかし結婚すると女性は変わると言うし、もしかして操も大変身してしまったのだろうか。だとしたら蒼紫が不憫すぎる。

 さてどうフォローしたらよいものか。生憎若生は独身で、パートナーとの喧嘩の収め方は知らない。下手にアドバイスなどして余計こじれた、なんてことになったら耐えられない。かといって聞くだけ聞いて「そうですか」ではあっさりしすぎだし、ここは解決方法を一緒に探っていくべきか。ひとまずそう踏んで、若生は尋問を始めた。

 「あの、なにか心当たりはありませんか?」

 「…………ある……」

 「えっ」ならば話は早い。「じゃあ、そのことを素直に謝ってみたらどうです? ちゃんと話せば分かってもらえますよ」

 「謝った。……だが、駄目だった……」

 「あ……。じゃあ、なにかプレゼントしてもう一度謝るとか」

 「……昨日のうちに渡した。それも駄目だったがな」

 昨日のうちにだと。随分早い。もしや適当な品を渡して許しを請うたのだろうか。それなら許してもらえなくても当然だが、

 「何をプレゼントしたんですか?」

 「…………アンパンマンチョコだ」

 「は?」

 まさか。適当すぎる。

 「えっ……アンパンマンチョコ?」

 「……ああ……5本入りの…………」

 「5本入りのアンパンマンチョコ?」

 待て待て、適当にも程がある。コンビニで売っているアレではないか。コンビニには他にも色々あっただろうに、なぜよりによってアンパンマンチョコなのだ。どういう考え方をしたら、二十歳を過ぎた大人の女性(しかも奥さん)にアンパンマンチョコを渡そうと思えるのだ。それで機嫌が直るわけがあるか。もしも若生が操だったなら、さすがにぶち切れる。

 「それ、本当に渡したんですか?」

 「渡した。…………だが、駄目だった……」

 「そりゃそうでしょう。どうしてアンパンマンチョコなんて渡したんです?」

 にわかには信じられず、若生は呆れ気味にそう訊いた。

 けれど――時として、ひらめく、ということが、人間には起こりうる。

 今の若生にも然り、である。

 若生はひらめいた。……アンパンマンチョコ。アンパンマンといえば、言わずと知れた、世のちびっこの永遠のヒーローである。そしてアンパンマンチョコもまた、ちびっこに大人気のお菓子である。しかしどう考えてもアンパンマンチョコは、妻の機嫌取りには向かない。し、よく考えてみれば、蒼紫は、いくら気が動転したからといって、妻にアンパンマンチョコを渡すような男ではない。ではなぜ、四乃森蒼紫はアンパンマンチョコを買ったのか。……すべての証拠が、あるひとつの事実に結びついていくのを、若生ははっきりと自覚した。自分はてっきり、この男をここまでぶちのめした相手は彼の妻だとばかり思っていたが、真実は別にあったのではないか。

 「……四乃森さん、もしかして、その……四乃森さんに罵声を浴びせた相手って…………」

 恐るべき事実に辿り着いてしまった。例えて言うなら、光源氏藤壺にいきなり引っぱたかれたようなものである。

 蒼紫は何も言わぬまま、鞄からゆっくりとあるものを引き出した。かさ、とデスクに置かれたそれは、でん六の鬼の面――

 「…………若生。お前に分かるか。面をつけ、部屋を出た途端に娘に大泣きされ、出て行け、嫌いだと豆をぶつけられ……」

 「……四乃森さん……」

 「……挙げ句、目の前で『パパ助けて』だ。……脅かしているのは俺だぞ。それなのに目の前で助けを求められる父親の気持ちが、お前に分かるか」

 「…………四乃森さん……!」

 どこかの司令官よろしく机の上で指を組み、さらにどんよりと突っ伏す蒼紫を見て、若生はうっかり泣きそうになった。似た経験を、若生もしたことがある。能面など怖い、気持ち悪いと言われてしまったときの、あの歯がゆさ。あの悲しさ。痛いほどに分かる。

 子どもに罪はないし、しかも彼の娘は父親を怖がったのではなく、この朗らかな笑みを湛えた赤鬼であるのだし、本当ならここまで落ち込むこともないのかもしれないが――それにしてもあんまりなヘコみ具合に、なんとか彼が立ち直れるといいのだが、と願わずにはいられなかった。……脇で阿爛が笑いを堪えているのは、今は無視することにして。

 

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 操とはちゃんと打ち合わせをして臨んだ節分、あえなく撃沈。

 みさちゃんはこの状況を笑っていたわけではないですからね! きっと必死になって双方のご機嫌を取ろうとしてくれていたのだと思います。そして、娘は朝になったらけろっとしてアンパンマンチョコを食べているのだと思います。

 ちなみに私はナッツアレルギーなので、節分は敵です。ハハハ。

 福は内!