monaho

monahoって、エスペラントで、僧侶の意味なんですって。

メリクリボツ集

 メリークリスマス、世の中!

 ブログではお久しぶりです。慶です。

 いつの間にか年の瀬も近くなってきましたね。会社やおうちでのお仕事も一層忙しく……ハア……年末年始くらいは世の中全部がお休みしてもよくない……?

 

 ぼやいたところで諸行無常

 本当ならクリスマスに浮かれる蒼操を書ければよかったのですが、色んな関係上できなかったので、クリスマス記念ボツ集をアップします。

 もしかしたら本編になっていたかもしれないものたち。

 

 ラインナップは↓

  1. 生きてゆくならあなたのとなり」のボツ
  2. Decoy, Ridicule, Bag of tricks」のボツ
  3. いつかの話―はなむけ」のボツ

 となっております。

 「ーはなむけ」とは、このあいだの蒼操本「はなむけ」に収録したお話です。pixivにもアップした「いつかの話ー祝宴」に新しいエピソードを追加したものなのですが、

 その新しいエピソードのボツ部分になります。つまり、ちょっとネタバレ。

 

 あと、すべて部分的なボツなので、突然始まって突然終わります。

 本編のどのへんに入る予定だったのかな~、と推理しつつお読みください。

 

 それでは皆さまご一緒に!

 

 メリークリスマス!

 

 

1.「生きてゆくならあなたのとなり
 「栄介さんの、大変なのはね」
 操は俯き、体を川に向けて、静かに話し始めた。
 話というのは、先の見合い相手のことか。そうと分かると胸の澱が一層濁った。口では失礼だなんだと言ってはいるが、実はいいかと思っている――などとは言われまいか、と不安が首をもたげる。
 反して操は穏やかであった。外目にはそう見えた。あの帰り道よりもずっと落ち着いて、柔らかな表情をしている。
 「その、逃げよう、っていう計画を、お相手に全然信じてもらえないんだって。ううん、計画だけじゃない。栄介さんの好きって気持ちも、曖昧にされちゃうんだって。どれだけ好きだって言っても、にこっと笑われて終わりだって」
 操が足元の石を蹴った。石は斜面を転がっていくが、三回転をする頃には、草に隠れて見えなくなる。転がっている、だろう、かさかさという音が微かにした。
 「あたしと一緒」
 続いた言葉にどきりとした。
 「あたしは子どもだと思われてて、蒼紫さまにとっては女じゃなくて、だからあたしも、何回好きって言っても取り合ってもらえないって言ったの。そしたらね、うわあ、ほんま自分、僕とおんなじやわあ~って」
 操は目を伏せてふふっと笑ったが、その様もまた大人びていて、方位磁針が北を差すように、ぴたりと彼女を見つめた。
 蒼紫の視線に気づいたのか、操がゆっくりと目を上げる。一直線に見つめあう。太陽が雲を抜けた。金色の光がぱあっと一面を照らす。操がまぶしそうに、笑う。
 「あたしね、蒼紫さまのこと、諦めようと思ってたの」
 一斉にひぐらしが泣き喚いた。
 世界に音はそれきりで、ざあっと体が冷えていく。重みという重みが冷えて凝り固まり、ずるずると足に溜まる。そのくせ頭だけは空洞に圧迫されるようで息が詰まった。
 信じがたい、ことを、聞いた。
 「もうね、なんにも返ってこないのが疲れちゃったの。あたしはこんなに好きで、蒼紫さまのためならなんでもできるって、思ってるのに……蒼紫さまはそれを分かってくれなくて、どうせ子どもが適当に言ってるだけだから、適当にあしらっとけばいいや、みたいにしてるんだ、って」
 待ってくれ、と言いたかった。しかし操はその暇をくれない。
 非難されているのか、諌められているのか、蒼紫には分からなかった。諌めにしては余りに厳しく、非難にしては余りに優しい。
 操は楽しげに、ふふ、と笑って、続けた。その笑顔の真意が掴めない。
 「でもね、違ったの。栄介さんに言われたの。それで諦めたら勿体ないって。あたしたちは――あたしと栄介さんね――好きっていう気持ちを、本当の意味では、まだ伝えられてないんだ、って。相手が分かってくれないんじゃなくて、あたしたちが伝えられてないだけだったんだよ」
 「――操、」
 それ以上は言わせてはならない。そう思った。だがなにも言葉が出てこない。こんなときに、己の口ひとつ、思い通りにならない。
 「あたしね、蒼紫さま。あたしが一番思うのは、蒼紫さまの幸せなんだよ。昔からそう。小さい頃から、蒼紫さまが楽しそうにしてくれないかなって思ってた。あれってつまりさ、蒼紫さまが幸せになってくれないかなってことだったんだよ」
 「操」
 「蒼紫さまが楽しいと、あたしも嬉しいの。離れてるあいだもずっと願ってた。でも、あなたはたくさん辛い思いをしてたでしょう。みんながいなくなっちゃって、蒼紫さまは独りぼっちで、そんなのって悲しいよ。……だからね、蒼紫さまが帰ってきてくれてからは、もっともっと思うようになったの。蒼紫さま、笑って、って」
 操の言葉が震えた。ひぐらしが、やむ。
 「あたしは、蒼紫さま、に、いっぱいいっぱい、幸せになってほしいの」
 最後の陽が揺らぐ。
 「もう一生ぶん、いっぱい悲しくて、辛くて、淋しい思いしたんだから、蒼紫さまは、もうそんな思いしなくていいよ。これからは、いっぱい悲しかったぶん、いっぱい幸せになってよ。幸せすぎてどうしようって思うくらい幸せになっていいんだよ。蒼紫さまだけが苦しまなきゃいけないなんてこと、ないんだよ。蒼紫さまは、一番安心できるところで、一番幸せになっていいんだよ」
 足元からくずおれそうだった。誰でもなくこの女が、こんなことを言うのが、耐えられない。自分でもどうしようもないほど心に染みた。傷口に。割れたひびに。どこかで、もういい、と捨て置いた傷を、操は放っておいてくれない。蒼紫さまは今、怪我をしたの、と、幼子にするように言い聞かせて、治そうとしてくれる。
 「蒼紫さまは、なんにも悪くない。ただたくさん淋しかっただけだよ。……笑って、蒼紫さま」
 眉間がひくついた。熱いものが込み上げてくる。彼女の頼みに、応えてやれそうにない。
 蒼紫はなんとか腕を伸ばして――ふらつく操を抱き締めた。

 

 淋しかった。
 俺は淋しかったのか。

 操の好きは、知っている。
 昔から散々聞かされてきた。幾度となく。繰り返し。だから知っている。あれは俺が好きなのだ。世話を見てくれた男のうちの一人として。特別に親しみを感じてくれているのだ。
 長らくそう思って、きた。
 愚かなのは俺だ。
 好きだと言い続けてきた操が、言うことが変わらないからと、操自身も変わらないものと思い込んだ。見たいように見た。そう捉えると、昔と同じように接すればよかったからだ。それが楽だから、操に甘えた。
 それすら、操は敢えて、俺を甘やかしたのか。

 

 

 2.「Decoy, Ridicule, Bag of tricks

 「七塚さん、呼び出しです」
 池田に呼ばれ、紅は顔を上げた。このあいだの取り調べの調書を書いていたのだが、
 「誰から?」
 「……。課長ですよ。第一執務室ですって」
 「課長?」
 書けと言ってきた張本人がお呼びらしい。まあいつものことだ。分かった、と返事をして、書類を机に片す。
 「先輩、大丈夫ですか?」
 と、池田が声を潜めて言った。紅はまた顔だけそちらに向けて、「なにがです?」と返す。
 「……七塚さん、やたら睨まれてるじゃないですか。こないだも京都まで飛ばされて」
 「ああ、あれはいいんだよ。結局犯人は捕まえられたし、いい宿に泊まれたし」
 「宿って……そういうことじゃなくて。完全にいびられてるでしょう。どうして七塚先輩だけあんなに当たり厳しいんですか?」
 「どうしてだろう」紅は困ったように笑った。「気に入られたのかな」
 「七塚さん」
 池田が呆れた声を上げた。その声が大きかったので、周りに鬱陶しげな顔をされる。あっ、やべ、と焦る後輩に苦笑しながら、紅は第一執務室へ向かった。

 

 「遅い」
 課長の一言めはそれであった。
 執務室に入ると、課長と、それから見知らぬ警官が一人いた。滋賀署の署員ではない。そちらの方は、と訊くのも些か早すぎるかと思い、素直に頭を下げる。
 「本庁からのお客様をお待たせするとは、どういう了見だ」
 「はい。申し訳ございません」
 「貴様はいつも……。藤田殿、こんな者がどうして必要でしょう」
 本庁、藤田、という二つが頭の中で組み合わさる。珍しいお客だ。管轄内で大きな事件は今のところ聞いていないし、本庁から格別の処遇をいただくような働きはまだできていない。それに、必要とはどういうことだろうか。
 「こんな者とはご謙遜」
 訝しく思いつつも紅が顔を上げると、藤田殿、がにこりと笑んでいた。
 「七塚巡査は、連続通り魔事件解決の立て役者と聞いていますよ」
 連続通り魔事件――というのは、滋賀から京都にかけて起きた、その名の通り通り魔事件である。警官が狙われるというので、紅が囮役となり、京都まで捜査網を広げた。池田の言った「こないだ」とはこの件である。
 「いえ、私は囮を任せていただいただけですから」
 「おや」藤田殿が片眉をつり上げる。「素晴らしい。滋賀の方々は皆さん謙虚でいらっしゃる」
 「いやいや」
 恐縮したのは課長であった。どことなく嬉しそうだ。本庁の方に褒められるというのは、やはり嬉しいことなのだろう。どちらかというと馬鹿にされた気もするが、まあ、気の持ちようか。紅も取り敢えずにこりとしておいた。
 「七塚。貴様は本日より一月のあいだ、この藤田警部補殿に付いて働いてもらう」
 誇らしげな課長は、膨らんだ鼻もそのままに、高らかにそう言った。わざわざ、藤田警部補殿、というところを強調される。
 「藤田殿は先の西南戦争で警視庁抜刀隊も務められた凄腕。本来なら貴様ではなく一個小隊でもつけたいところだが、生憎皆忙しい」課長は藤田殿の肩に手を置いた。「その旨お伝えすると、貴様でもよいと快諾してくださったのだ。有り難く思え」
 「はあ」
 「……いいか。くれぐれも藤田殿にご迷惑をお掛けするなよ。貴様はこの滋賀署を代表して本庁の方のお手伝いをするのだ。貴様の言動即ち署の言動だという自覚を持って――」
 「まあまあ、課長殿」
 あいだに入ってきたのは藤田殿であった。細い目をさらに細くして、にこやかに告げる。
 「ご挨拶はこの程度で……。課長殿がそこまで目を掛けておられる人員をお借りできて嬉しいですよ」
 紅は、へえ、と思った。目を掛けるか。面白い言い方をする。機知に富むとよく言うが、まさにこのことである。
 課長はここでは縮こまらなかった。ただ顎の肉をたぷたぷさせながら、「いやあ、そうですか、ははは」と笑うだけだった。それから朗らかに、
 「では七塚巡査、しっかり励むように!」
 と言い残して部屋を出ていった。
 本当に珍しいものを見せてもらった。あの課長がここまで上機嫌なのを見たのは初めてだ。いつも何かと顔をしかめて、これではいかん、あれでは駄目だ、と言いつけてくるのだが。
 それもこれもすべては藤田殿の効果だろう。課長を敬礼で見送ったあと、紅は再び藤田殿に向き直った。
 と、不思議なことが起きた。藤田殿が――藤田殿の顔が、これまでとはまるで別人のように、僅かもにこりとしていないのである。
 これにはさすがに驚いた。よく上司にはへつらって、部下には厳しく当たる人がいる。その系統だろうか。それにしても一瞬で落差がすごい。愛想笑いだったのだろうか、と取り敢えず自分を納得させて、紅は微笑んだ。
 「藤田殿」姿勢を正す。「二等巡査の七塚と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
 すると藤田殿は返事をしなかった。これは本格的に、上官の前では従順を貫く人だろうか。
 藤田殿はすっかり白けた顔をして、机上の書類をぱらぱらと捲って眺めているようだった。紙の音だけが鳴り、やがて止むと、今度は藤田殿が鼻を鳴らした。
 「随分長いこと巡査をおやりになっている」
 声音まで別人である。藤田殿は、紅の爪先から頭までを舐めるように見上げた。目が薄く開かれたせいだろうか、まるで獣にでも見られているような薄気味悪さがある。
 「巡査の地位に未練でもあるのか」
 「……藤田殿がそれを訊かれて、どうなさるのです?」
 「ふん」藤田殿が書類を机に戻す。「安心しろ。昇級に荷担してやる気は微塵もない」
 「左様ですか」
 紅は心の中で首を傾げた。斯様な訊かれ方をしたのは初めてのことである。それも初対面の上官に。
 加えて、答えなければならない、という圧も感じた。普段なら、面倒な問いには有ること無いこと適当に答えて、否、上手いこと論点をずらして逃げる。だがどうにも、藤田殿にはそれが通じそうになかった。
 「まだ私がまともな働きをしていないだけです。働かなければ、評価はいただけません」

 そうでしょう、と念を押すように、紅は笑った。一応もっともらしいことを言ってみた。生きているうちにどんどん口が動くようになってきている。
 「そりゃそうだ」
 至極当然と藤田殿が鼻で笑う。だが完全に納得したわけではない、ということは紅にも分かる。
 「なにか?」
 「いや、滋賀の連中はほとほと謙遜上手だと思ってな」
 言うと藤田殿は、先程眺めていた書類を再び手に取って読み上げた。
 「多賀村婦女暴行事件捜査、大津窃盗犯確保、草津……ほう」
 出てくるのはどれもこれも紅が関わった事件である。そこで紅は初めて、藤田殿が手にしているものが、自分の職務経歴書だと気づいた。
 「面白い。通り魔の案件、解決したのは京都の警官と一民間人ということになってるぞ」
 そんな物好き、一体どこの若旦那だ。藤田殿はにやりと笑い、

 

 

3.「いつかの話―はなむけ

 そう、言わなきゃいけないこと――。たくさん、たくさん、ある。今日の紋付袴、すごくすごく格好よかったよ。祝言、ほんとに嬉しかった。打掛を選んでくれてありがとう。似合ってるって言ってもらえてよかった。結い紐、どうして知ってたの? どうやって貰ってきてくれたの? 蒼紫さまが結い紐くれて、ほんとびっくりしたんだから。でも、嬉しかった。
 「いっぱい、あるのに」
 声にするよりも、頭が動くほうが速い。蒼紫さまを見つめてまばたきするあいだにも、心の奥からたくさんの思いが溢れてくる。
 ありがとう、蒼紫さま。全部全部。あたしと祝言挙げてくれて。あたしと夫婦になるって決めてくれて。あたしを好きになってくれて。あたしを育ててくれて。あたしの全部は、蒼紫さまでできている。生まれて初めて会ったときから、あたしはとっくに、あなたのものだった。