monaho

monahoって、エスペラントで、僧侶の意味なんですって。

不変の普遍

 蒼操(ちび操)の七夕の話です。一応書いてはいたけれど、まあ7日には間に合わなかったよ無念っていう。

 スカしたタイトルですが、変換したらたまたま「普遍」が出てきたので掛けてみました。スカしてるぜ~。

  いつかpixivにも書きましたが、ちびっこを書くときには、「あ~分かる!」と多くの人が思ってくれるであろうcawaiiポイントを作るようにしています。今回は、「えらいでしょ(じまんげ)」と「わたしはこうしたいのになんでだめなの?」です。だめなものはだめ!…と御頭は言いそうですね。

 

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 七夕飾りを目にしてからというもの操はすっかりあれの虜であった。御庭番の屋敷にあんなものはない。その信条と性質を考えれば、操一人のためにそれを曲げるわけにはいかないのだ。拗ねるかとも思ったが、案外操は普通であった。屋敷になくとも自分の行ける範囲にあれば満足なのだろうか。それとも蒼紫を連れ出す口実だとでも思っているのだろうか。
  「よそのおうちのだから、見てるだけなの。かかせてっていわないよ、見てるだけ。えらいでしょ」
  「そうだな」
 とは言うものの、しっかりその家の者から七夕の何たるかは聞いたらしい。おねがいごとかくんでしょ、と何度も言っている。書きたいのだ―――ということは蒼紫にも分かった。けれど笹飾りが出ているのはまったく知らない家であるから、関わらないほうがよい、と蒼紫は判断した。図々しい真似をせぬほうがいい、のではない。操にはそう伝え、またそれがないわけではないが、それよりも下手に一般の者と関わって操が口を滑らせでもしたら、大事になりかねんと思ったのである。
 「もしもおねがいごとかいたらかなうの?」
 操はそれでも笹飾りを見たがった。色とりどりの短冊が気に入ったのだろうか。蒼紫の手を引いてはそこへ行き、ただじいっと飾りに見入るのだ。そうして時々、夢の中にいるような声で話し掛けてくる。
 蒼紫は十四になる年であった。こんな短冊は単なる迷信であることを知っている。けれどまさかそうとは言えず、ただ黙って操を見下ろした。すると操はきゅっと蒼紫の手を握る力を強めた。しばらくそのまま笹を見つめ、そのあとで思い出したように蒼紫を仰ぎ見たのだった。

 そんな日が続けば、操の七夕への情熱にほだされるのも道理である。あるとき例の笹飾りの家の者が操に話しかけてきた。一枚の短冊を手にして。
 「お嬢ちゃんも書くかい?」
 操はおさげが跳ね上がったのではないかと思うくらい一遍に表情を明るくした。興奮で声も出ないのか、頬を赤くさせながら蒼紫を見、家主を見、また蒼紫を見る。そこまで喜ばれて断ることもできず、蒼紫は頷いてやった。操はさらに表情を綻ばせて、けれどどことなく照れたように短冊へと手を伸ばした。千代紙を長方形に切ったものらしい。裏には鮮やかな柄が見える。操は大事そうにそれを受け取って、両手で持ち、短冊と彼とを見比べて、―――そこできょとんとした。ちょっとだけ困った顔で家主を見る。
 「あおしさまのは?」
 至極まっとうだとそんなことを言った。驚いたのは蒼紫である。
 「操」
 人からいただいておいて、それはいささか図々しすぎる。そういえば最近の操は何かしらを貰うにつけ「これはあおしさまの、これははんにゃくんのね」と分けたがるのを失念していた。菓子でも小遣いでもそこらの石でも―――前に一度操の好きな金平糖までも渡されたので、般若に言って袋に戻させたところ運悪くばれて泣かれたことがある。しかしそれとこれとでは話が別だ。
 「あ、そうだな。今お兄ちゃんのぶんも持ってくるから」
 「いや俺は」
 「いやいや、遠慮するな。値の張るものでもなし」
 「結構です」
 家主は快く頷いてくれたがそういうわけにはいかない。蒼紫はきっぱり断ったが、それよりも向こうが家に引っ込むほうが早かった。溜め息を吐けば、足元で操が満足げにしている。

 帰り道も屋敷に着いてからも操は上機嫌だった。まだ上手く字が書けないのでどうするのかと思えば、「はんにゃくんにかいてもらうの!」と返された。
 「だからあおしさまはあおしさまのかいていいよ」
 満面の笑みでそう言う操の向こうで、般若はどこか居たたまれなさげにしている。操は蒼紫に頼るのが常なのだ。何をするにも。それが今回は般若であったので、彼は蒼紫が一瞬「えっ」といういろを見せたのを見逃さなかったのである。
 まあよい、蒼紫は自室に戻って短冊と対峙した。これは子どものお遊びだ。書いたからといって叶うわけではない。それに、願うことなど、ない。
 それでも、何も書かずにいれば確実に操に言われるだろう。なにかしら当たり障りのないもの―――。
 「あおしさま、ささ! ささくれたよ」
 「笹? 誰が」
 「おじいちゃん!」
 「……御頭が」
 「うん。あおしさまにかざってもらいなさいって言ってた。あおしさま、もうおねがいごとかいた?」
 「ああ」
 その次の日のことである。
 御頭は操に甘い。祖父とはそんなものなのだろう。操は小さな笹(細い枝を切ったらしい)を手にして部屋に駆け込んできた。
 蒼紫はそれに自分の短冊と、それから操の短冊を受け取ってくくりつけた。「みちゃだめだよ!」としきりに言われたが、それは無理である。蒼紫は律儀にできる限り見ぬようにしたけれど、短冊にはこう書いてあった。
 『みんなで遊べますように 操』
 予想よりも遥かにちゃちな願いであった。あれがほしい、これがほしい、こうなりたい、例の家の笹にはそんな言葉が書かれていた。あの家の子どもたちの願いだ。
 「これでよいのか」
 蒼紫は思わずそう訊いた。わざわざ七夕に願うようなことではない、操が一言そう言えば叶うことである。
 「みちゃだめって言ったのに!」操はまずあまり本気ではなさげにそう怒って、「それでいいの。おねがいごとなの」
 「しかし」
 「だってみんなであそびたいんだもん。あおしさまと、はんにゃくんと、みーんなとかくれんぼしたいんだもん。なんでだめなの? 」
 操はいつになく真剣な目をして蒼紫を見上げた。なんでだめなの、と言われれば、こんな小さなことで満足なのかと疑問に思ったからだ(あまり途方もないことを書かれては困るが)。けれど、これが操の本心である。紛れもなく操の願い。
 「あおしさま、さいきんおしごといっぱいでしょ。だから、あおしさまにばれたら、わがままだっておこられると思ったから、ないしょねってはんにゃくんにかいてもらったの」
 なのに蒼紫は操の短冊を見てしまって、挙げ句操の予想通りに「これは駄目だ」と言った(言ってはいないが、操の解釈はそうだ)。そこまでがようやく繋がって、蒼紫ははっとした。ちゃちな願い、ほんの些細な願いごと。けれど。
 そうして当たり障りのないはずの自分の願いが、やけに傲慢なものに思えてきたのだった。

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 (もっと明るく楽しくなお話にするつもりが、微妙なテンションでごめんなさい)