monaho

monahoって、エスペラントで、僧侶の意味なんですって。

30歳による嫉妬:予告編

 ふがいない慶の記事がいつまでもトップにあるの気に喰わない(笑)んで、とりあえず新しい記事を…

 というわけで、書きかけの「成人御頭の嫉妬」の予告編を! お送りします!

 予告編といったって、あれですよ。冒頭何段落かをごっそりお届けです。わーぉ。

 

 この前の記事ではぐちぐち辛がってますが、元気です! 生きています。メッセージもありがとうございます。

 毎日来てくださっている方々、更新の速度がまちまちでごめんなさい。

 お話のほかに面白いこと見つけたらその都度更新しますね~~。

 

 では「続きを読む」から、成人(30)による華麗なる嫉妬劇の一部をどうぞ!

 

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 「失礼します」
 操は客間の襖を静かに開いた。宿泊客へのご挨拶である。
 明治15年。巻町操は数え二十歳になった。女将見習いとして、お客に挨拶することも最近では慣れてきた。とはいえ、まだまだ完璧とまでは言えないのだが。
 操は指先まで揃えて深々とお辞儀をする。部屋には制服姿の男が一人座っていた。なにやら荷物の整理をしていたらしい。しかし操に気がつくとその手を止めて、「あ、はい」と返事をした。
 「お茶をお持ちしました」
 「ああ、ありがとうございます」
 「いいえ」
 にこりと客に笑いかけてから、お湯を飛ばさないよう慎重に、かつ丁寧に茶を淹れる。ここからは手慣れたものだ。とぷん、と可愛らしく音を立てて注ぎ終わると、操は細心の注意を払いながら湯飲みを持って立ち上がった。摺り足で客に歩み寄る。
 そこで操は、客がこちらを凝視していることに気がついた。顔になにか付いているのだろうか。しかし直接訊くのもどうかと思う。ので、たまたま目が合ったという体で微笑み返してみた。ところがどうだろう、男の視線はより力強いものになっていく。危ない、と本能的に感じた。最低限の丁寧さで素早く茶を運び、操はくるりと踵を返した。「ごゆっくり」と声をかけることも忘れない。
 「あの」
 そらきた。予想は当たっていたようだ。振り返ると、彼は微かに微笑んでいた。こちらに身を乗り出して、一体何だというのか。――こういうことは、酔っ払いを相手にすると、ままあることではある。誰と間違っているのか、あるいは故意なのか、操には知るよしもないが、「なんやべっぴんさんがおるやないか」などと腕を引かれるのだ。操はそのたびに愛想笑いで返しながら最終的には翁や白などに助けられていたが、蒼紫が帰ってきて、まあなんだかんだあって落ち着いてからは彼が光の速さで割って入ってくる。そのあとが、まあ、書くのはやめておくが、色々と面倒なので、最近はあまり絡まれないように気をつけていたのだが――
 男はさらに、もしや、という顔をした。
 「あの、もしかして、どこかで一度お会いしませんでしたか」
 「えっ? ……申し訳ありませんが、人違いだと思います」
 嘘ではない。嘘ではなく本当に、こんな男は知り合いにいないのだ。さらさらした短い髪に、整った顔立ちに、柔らかな物腰のこんな男など、蒼紫の存在が世になければ惚れていてもおかしくないほどの色男など。
 「人違い……。そうですか。そうかもしれません」
 男はちょっと困ったように笑って小首を傾げた。操も倣ってもう一度会釈する。
 不思議な人、とは思えど、どこかで会ったことがありませんかなんて口説いてくる男は受け付けない。こちらは仕事中だ。いくら彼が格好よくったって、蒼紫さまほどじゃないし。仕事中に口説くなんて、蒼紫さまなら絶対しないし。
 操が部屋を出ようとした、そのときである。
 「ところでこのあたりに、京都御庭番衆の本拠地があると聞いたのですが」
 男は確かにそう言った。
 思わず操は振り返った。突然御庭番衆の名前を出されるとは思っていない。思わず振り返って、それからぐっと眉根を寄せる。この男、ただの旅行客ではないようだ。
 だが操の疑念とは裏腹に、男の顔はぱっと晴れやかになった。
 「やっぱり――操ちゃん、じゃないかな?」
 「…………え?」

 「蒼紫さま蒼紫さま蒼紫さまーぁ!」
 操はいつでも明るく元気だが、少々過ぎることがある。そう大声を出しては客が落ち着かないだろう、とも思うのだが、葵屋に来るお客たちはそのへんも心得ているようだ。というか、むしろそれを楽しみに来ている部分もある。
 蒼紫は特に体勢を変えるでもなく、数秒後にはすっ飛んでくるであろう操を待った。帳簿付けも終わったところだ。万が一突撃されても危ないものはない。しかし操は誰にでもああやって飛びつくのだろうか。それでは困る。とても困る。ここ最近の操は抱き心地がよくなっているし、どこといわず柔らかくなってきているし、それで抱きつかれようものなら、蒼紫ですら(色々なアレが)危ういのだ。もしもそうだとしたら、あらゆる手を使ってやめさせなければ。
 そしてきっかり数秒後、蒼紫の予想通りに操は部屋に突っ込んできた。
 「どうした」
 「あのねっ、ふふっ、もーびっくりしちゃった! 蒼紫さまも絶対びっくりするよ」
 勿体ぶっているらしい。興奮気味に頬を紅潮させている。だからそういうのをやめろというのだが――本人に自覚がないのが恐ろしい。蒼紫は彼女のほうへ座り直して、視線で続きを促した。どんないいことがあったというのだろう。菓子でも貰ったのだろうか。友人と遊ぶ約束でもしたのだろうか。このところ葵屋の仕事で忙しかったから、なにか息抜きになるのであれば蒼紫が止める理由はない。なんにせよ、彼女が嬉しそうにしているのは蒼紫にとっても微笑ましいことだ。つい頬が緩む。
操はうずうずした様子で、ひときわ明るい声で言った。
 「紅! 紅だよ、蒼紫さま!」
 途端に蒼紫は石のごとく固まった。

 

(※内容は予告なく変更する場合がございます)